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    着物でケアマネ

    • 2016.08.06 Saturday
    • 20:49

     

    今日、夏祭りをしていた事業所に、顔を出してきました。

     

    「着物を着て」

     

     

    暫くぶりの着物です。浴衣を探したが、出てこない。

    見つけたのが、この絽の着物。

    30年くらい前のものかも??

    覚えていないくらい、着物と縁遠くなっていました。

     

    私が、居宅を開こうと思った理由に、一番目の隠れ目標(夢)がありました。

     

    「着物でケアマネ」

     

    着物を着て、ケアマネをしたい。

    着物を着たタバコ屋のおばちゃんのように、着物を着ることを仕事にしていない人が、日常着を着物で過ごすことに、憧れを持っていました。

    着物を着ていても、違和感のない世界。

    日本の衣服ですもの、普通に着こなせたら、と思っていました。

     

    もう一つ、着物でケアマネしたい、の理由があります。

    私が、訪問看護師をしていた時に、家政婦さんと暮らしていた90歳を超えたご婦人のところに、訪問に行ったときの話です。

     

    少し経った頃に、遠方の娘さんが来て、ケアマネと一緒に、今でいう会議を開きました。

    その時娘さんが、ケアマネに対して、

    「帰りに葬式に行けるような服装で、うちの母のところに来ないでちょうだい。」

    「うちの母は、綺麗なものが好きなのよ」

    と声を荒げました。

    ケアマネは、制服と思われる、濃いグレーのスーツを着ていました。

     

    「綺麗なものが好きなのよ」は、訪問していてよくわかりましたが。そのあとの、「帰りに葬式に行けるような服装で、来ないでちょうだい」に衝撃を受けました。

     

    介護保険が始まったころ、亡くなる場面に遭遇することも多く、どんな場面でも失礼にならない服として、制服を作られたところがあったと思います。それを見透かされたような発言に、驚きました。

     

    人間、生まれた時から、死のカウントダウンが始まります。

    ほとんどの人は、それを意識することなく生活をしていると思います。

    死を意識する病気になったときや、高齢になったときに意識するようになると思います。

    私は、常々90歳を超えても元気な人も、寿命という死期が迫っていることに、不安はないのだろうか、と思っていました。どうやってその不安を乗り越えるのだろうか?と若い時に思っていました。でも、元気な高齢者からは、その不安は、顔からも声からも出ていない。素直に寿命を受け入れているように感じます。

    しかし、その子供たちは、どうでしょう?

    親が先に亡くなることを受け入れられない人も、数多くいます。親は永遠不滅の存在の人もいます。

    そんな子供からしたら、葬式に行けるような洋服は、受け入れがたいことだったかもしれません。

     

    このことがあってからは、絶対帰りにお通夜に行ける姿での訪問をしない、と肝に銘じました。

     

    「母は綺麗な色が好き」、という娘さんの言葉は納得がいき、実際私は助けられていました。

    ご婦人は、ほとんど寝たきりで、声をかけても目も開けず、声も出しません。

    私の「こんにちは」に、いつもと違う声に、薄目を開けてみて、私が着ていた洋服に、「綺麗ね〜」と発し、日常的に動かさない手が伸びてきて、触り始めました。

    私が、「目を開けて、ちゃんと見て」というと、ご婦人は「私も、昔は持っていたのよね〜」と話し始めました。

    「じゃ〜、起きてお話ししましょう」と促し、ベットに座ってもらえれば、7〜8割成功。

    そこから

    「せっかくだから、足をお湯に入れましょうか」

    「せっかくだから、手も洗いましょうか」

    「せっかくだから、洋服も着替えましょうか」

    「せっかくだから、体も拭きましょうか」

    と、昔話をしながら、やってしまいます。

     

    「綺麗な色が好き」から始まる会話に、目をランランと輝かしていくご婦人に、綺麗な色の素晴らしさを感じました。

     

    たったこれだけのことで、寝たきりで過ごしていた人が、起きてしゃべったのです。

     

     

    そんな経験から、自分自身が高齢に近くなった時に、自分が周りを元気にさせるには、どうしたらいいか、必死に考えました。

    そうだ、昔とった杵柄に、着物の普及がありましたので、それを活用しようと考えたのですが、「着物で看護師」は難しいので、「着物でケアマネ」だったらできるかな?と思って、居宅立ち上げを計画したのでした。

     

     

    当居宅の開設は、平成234月からで準備していましたが、3月の震災で、指定をもらえない危機まで出て、「きものでケアマネ」は、なかったように封印されてしまいました。

    当初、3月で休止する居宅から、利用者を引き継ぐ約束もしていたので、さらにその場所は被災地になってしまったことから、本来の目的は完全に封印されました。

     

    あれから、5年半、一人居宅で追いまくられてしまい、余裕がなくなり、一度封印した着物は、出てくることもなく今に至っています。

     

    ようやく、これからのことを考える余裕がでてきて、私自身が高齢になっていく状況で、自分の役割を考えるようになりました。

     

    仕事関係のところに、着物で行くのは、今日が初めてです。

     

    着物で会話がはずみ、一時でも明るくなるのであれば、それはうれしいです。

     

    これからも、行事の時だけでも、着物姿で訪問できれば、と思います。

     

    「着物でケアマネ」という隠れ目標第一は、復活できればうれしいですね。

     

     

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